理想と現実 4



窓の外の闇が少しずつ薄くなって、夜明けが近いことが窺えた。
カーテンを閉め切った部屋はまだ暗かったが、夜の闇とは明らかに違う。
その中で、ベッドの横たわったジェレミアは小さく溜息を吐いていた。
結局一睡もできずに朝を迎えることになりそうだった。
同じベッドにいるというのに、ジェレミアとルルーシュの間には見えない不可侵の線がきっちりと引かれていた。
背後に感じる主の静かな寝息が、恨めしくさえ思える。

―――・・・あれは一体なんだったのだろう?

自分を誘惑する艶っぽいルルーシュの顔を思い出して、ジェレミアはまた溜息を吐く。
腕の中に感じた温もりが今は遠い。
結果的にルルーシュの臣下として認めてもらえたのは喜ぶべきことなのだろうが、今のジェレミアの心は喪失感に埋め尽くされていた。
妖艶な笑みを浮かべるルルーシュと、高貴さが滲み出る威厳のあるルルーシュ。

―――どちらが本当のルルーシュ様なのだろうか・・・

上辺だけの妖艶さなら意識してつくりだすことは可能だろうが、高貴さや威厳は上辺だけではつくれない。
作り物ならばすぐにメッキがはがれてしまう。そんなものには誰も従わない。
しかし、威厳を示すルルーシュを目の当たりにした時、ジェレミアは咄嗟に頭を下げてしまった。
頭を上げることも声を出すことも躊躇われるほどに、威圧を感じさせるルルーシュはやはりそちらが本物なのだろうと、ジェレミアは納得する。
そうして、胸に広がる喪失感はその深さをずんと増して、ジェレミアを苦悩させた。
主のあんな顔を知らなければ、ジェレミアは悩むことも疑うこともなく、ルルーシュに忠義を尽くせただろう。
絶対の忠誠心に自信を持っていたはずなのに、今はそれがわからなくなっていた。
主君に対して、こんな気持ちを抱くのはあってはならないことだと、わかってはいてもそれを消すことはできない。
放逐されたとは言え、ルルーシュはブリタニアの皇子なのである。
そのルルーシュに想いを寄せるなど、絶対に許されるはずがない。
せめてルルーシュが皇女であったなら・・・しかしそれでもやはりそれはあってはならない感情なのだろう。
やり場のない感情に、ジェレミアはまたしても溜息を吐いた。
溜息の吐きすぎなのか、ジェレミアは喉の渇きを覚えて、水でも飲もうかと起き上がる。
室内には薄墨を刷いたような闇が残ってはいたが、明かりを点けるまでもなく、ジェレミアの闇に慣れた目にはあたりの様子がはっきりと見えていた。
身体を起こしちらりと横を見ればルルーシュが背中を向けて眠っている。
寝顔は見ることはできないが、その後姿を見ただけで、ジェレミアは胸が締めつけられる想いを感じた。
これまで、経験豊富とまではいかないまでも、何人かの女性と付き合ったことはあったが、今ジェレミアがルルーシュに持っているような気持ちになったことは一度もなかった。
抱きしめたいとか、守りたいとか、傍にいたいとか、ジェレミアにそんな想いを抱かせる女性は一人もいなかった。
全てが全てというわけではないのだろうが、ジェレミアの「家柄」を目当てに言い寄ってくる女性も少なくはなかった。
見返りを期待する相手を本気で好きになれるはずがない。
唯一、ジェレミアが守りたいと、本気で思った女性はルルーシュの母であった。
皇族に対するジェレミアの忠誠心を考えれば、それは当然のことなのだが、あの頃ジェレミアの胸にあった后妃・マリアンヌに感じた憧憬の念は今でもはっきりと思い出すことができる。
しかしそれは、やはり今のジェレミアがルルーシュに抱いている想いとは違うのだろう。
マリアンヌに対して、「抱きしめたい」などという不埒な想いを、ジェレミアは抱いたことはなかった。
ジェレミアは眠っているルルーシュの後姿を見つめながら、またしても溜息を吐いた。
簡易のキッチンにある冷蔵庫の中から、ミネラルウォーターを取り出して、ペットボトルのそれを一気に半分ほど飲み干すと、ジェレミアの気持ちは少し落ち着いた。

―――・・・私はなんと愚かなのだろうか。

初めて本気で好きになった相手が、自分と同じ男で、自分の主君で、敬愛するマリアンヌ后妃の遺児だという事実を改めて思い出し、ジェレミアの気持ちは沈んだ。

―――相手が悪すぎる。

どう頑張ったところで到底今の自分では落とすことのできない相手なのだ。
力を持ってルルーシュを無理矢理押し倒すことは簡単だが、それではルルーシュの気持ちを無視することになる。
一時の快楽と征服欲は満たされるかもしれないが、ルルーシュの傍にいることさえできなくなってしまう。

―――・・・それは嫌だ!

それならば、その想いを胸の奥に仕舞い込んで、決して誰にも気づかれないように、ルルーシュの忠実な臣下に徹しようと、ジェレミアは心に決めた。

―――ルルーシュ様に嫌われるくらいなら、その方がいい。

自分の感情的な性格を充分承知しているジェレミアは、それを表に出さないように、これまでもそうやって余分な感情を殺して生きてきた。
だから、それは難しいことではないと、自分では思っている。
しかし、相手がルルーシュであるということを計算から省いたのが、ジェレミアの間違いだった。
侮っていたわけではないのだが、ジェレミアはルルーシュが悪魔のようにどす黒い性格をしているとは思ってもいない。
「主に理想など求めない」などと言いつつも、ベッドの中で眠っているルルーシュに、ジェレミアは自分の理想を当て嵌めて見ている。
それが自分に降りかかる不幸の始まりとも知らずに・・・。



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